ライスマイル

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ライスマイル コミュニティ
ライスマイルについて
アスリートの源は、ごはんにあった!

Vol.2

元陸上五輪代表 小林 祐梨子さん

高校3年時に陸上1500mで日本新記録を樹立し、
北京オリンピックには女子5000mの日本代表として
出場。実家が農家で、幼少期からお米作りに親しんでいたという小林さんが、あふれるごはん愛を語って
くれたよ!

幼少

中学時代

農家の家で育ったので、
お米はあって
当たり前の存在でした。

小さい頃、お米は好きでしたか?

小林

はい!幼少の頃から、いまも大好きです。私の実家は兼業農家なので、よくお米作りのお手伝いをしていました。田植えや稲刈りは、祖父母も入れて家族7人総出で1日かけて取り組むのですが、母親が作ったお弁当をピクニックみたいに広げて、みんなで食べるのが楽しみでしたね。そんな環境で育ったので、お米は空気のようにあって当たり前の存在でした。実家のお米はヒノヒカリという銘柄なのですが、無農薬にこだわって作っています。粘りがあって甘みが強くて、めちゃくちゃおいしいんですよ!

実家周辺の風景

当時のごはんの思い出は
何かありますか?

小林

家の畑で収穫した、野菜中心の食事でしたね。朝起きると、母親がよくほうれん草と炒り卵、ミンチ肉の3色丼を作ってくれていました。バランス良くいろんなものを食べることに、すごくこだわってくれていましたね。あと、土曜日のお昼ごはんはいつも、お好み焼きか麺類と決まっていました。関西の方ならわかると思うのですが、お好み焼きをおかずにごはんを食べていましたね。うちの場合は、おにぎりだったんですけど、全員の分を握るのが私の役目でしたね。お好み焼きは、家族7人分を1枚にして焼くので、座布団みたいな大きさになるんです。

よく食べる子だったんですか?

小林

めちゃくちゃ食べていましたね。小学校、中学校は給食だったのですが、食べきれない子がみんな私の席に持ってくるので、周りから回収係と呼ばれていました。(笑)体重とかも気にせず食べていて、人生でいちばん体重が重いのが中学校3年生の時でした。でも、全国大会ではじめて優勝したのも中学3年生でした。とにかく、いっぱい食べて、いっぱい練習していましたね。あと、地元の小野市は周りに田んぼが多く、小さい頃からあぜ道を走り回っていたので、足腰が鍛えられていたのかもしれません。私のアスリートの土台は、きっとここで培われたんだと思います。

高校

実業団時代

試合前日は、いつも
うなぎ。
北京にも
持って行ってました!

陸上の長距離選手は
皆さん細いイメージがありますが、
食事制限はされていましたか?

小林

私はしませんでした。高校の陸上部では、定期的に体重表の提出があったのですが、数字に追われるのが嫌でデタラメを書いて出していましたよ。(笑)それでも、高校時代は誰よりも筋肉量が多く、太ることもありませんでした。それは、いっぱい食べて、その分走っていたからだと思います。エネルギーを食事で補給しないと、運動をした時に、今ある筋肉がどんどん分解されてしまいます。そうなると、結果的に筋肉が落ちてしまうのでもったいないんです。筋肉量が多いと代謝も良くなるので、食事制限をしなくても体重は変わらないんですよね。
後になって気づいたのですが、世界大会で活躍する選手は、本当によく食べるんですよね。食事にストレスを抱えていない選手のほうが、良い結果が出ている気がしました。なので、長距離をやっている子どもたちには、ごはんをたくさん食べよう!と伝えたいですね。

高校時代は、どんな食生活でしたか?

小林

高校はお弁当だったのですが、母親は変わらずバランスにこだわってくれていました。今の私が「作れ」と言われても、「毎日は絶対に無理!」ってなるぐらい、彩りがきれいなお弁当でした。通学に片道2時間をかけていたので、帰りにはお腹も減るんですよね。それに、運動後すぐにエネルギーを補給したかったこともあり、毎日、母親におにぎりを作ってもらい、トレーニングのあとにすぐ食べられるようにしていました。おいしくて、持ち運びもできるので、おにぎりが一番良かったんです。

試合前に必ず食べるものは
ありましたか?

小林

前日に、いつもうなぎを食べていました!母親が試合の日のお弁当に、景気づけにごはんに乗せてくれたことがきっかけです。それからずっと験担ぎとして続けていたのですが、ある時、栄養士さんに褒められたことがありました。うなぎに含まれるビタミンB1には、溜め込んだ糖分をエネルギーに変える力があったんです。母親はそこまで考えてなかったと思うのですが、実は栄養学的にも効果のある食事だったみたいです。実業団に入ってからもずっと続けていて、遠征先でも監督にお願いして食べさせてもらっていました。北京オリンピックに出場したときも、実家のお米とうなぎを持って行ったんですよ!

現在

母親からは、いまでも
“食事の彩り”を
指導されちゃいます。

現役を引退されてからは、
食生活は変わりましたか?

小林

子どもが生まれて、今まで以上に栄養について学びたいと思って、スポーツフードアドバイザーと食育アドバイザーの資格を取りました。それまでは、出されたものを食べていたので、食材の栄養についてあまり考えていなかったのですが、家族にご飯を作るようになったことで、母親がしてくれていたように、バランスの良い食事を作ってあげたいなぁと思ったんですよね。それでも、母親からは「もっと彩りを良くしなさい!」と叱られます。仕事で子どもを預けたら、食事の写真が送られてくるんですよ。「こういうものを食べさせなさい!」って。(笑)

小林さん手作りのお弁当

ご家族も、
たくさん食べられるのですか?

小林

私に負けず劣らず、夫もお米が大好きでめっちゃ食べます。カレーの日だと5合ぐらい食べることもあるんですよ!丼鉢でガツガツかきこむので、本当はもっと上品に食べてほしいんですけどね。
現在2歳の子どもも、たくさん食べてくれます。夫婦のあいだで、好き嫌いのない子に育ってほしいという想いがあり、食事は絶対に残さないよう教えています。私がそうだったように、畑や田んぼが近くにある環境で育つと、お米や野菜に対して興味を持つようになります。興味を持ってくれると、好き嫌いなく食べてくれるようになるんですよね。この前は、実家の田植えを子どもと一緒に手伝いました。これからも、いろんな経験をさせてあげたいなと思っています。

お米に対して
何かこだわりはありますか?

小林

外で食事をすると、あらためて実家のお米の美味しさがよく分かります。私も夫も硬めの仕上がりが大好きですね。あと、お米自体もそうですが、炊飯器によって味が全く変わってしまうので、海外遠征の時は、いつもマイ炊飯器を持参していました。ごはんが炊きあがった時に炊飯器から上がる湯気は、私にとってアロマみたいなものなんです!国際試合などで出会う海外の選手に、日本のお米を食べさせてみると「粘りがぜんぜん違う!」と驚いていましたね。ケニアの選手なんかは、「現地で丼のお店を出したら絶対に成功する!」なんて言ったりしていましたよ。

わたしのベス友ごはん

ごはんに最もぴったりな
ごはんのお友「ベス友ごはん」を
小林さんがセレクト

いかなごの釘煮

一番のごはんのおともは、『いかなごの釘煮』です。甘辛い味付けに生姜がピリッと効いていて、ごはんにピッタリです!わたしの地元では春になると、どの家も釘煮を作ります。各家庭の味があって、これを食べると「あぁ、今年も春になったなぁ」と季節を感じるんですよね。小さい頃から愛着のある食べものなのですが、地域限定の食べものと知ってから、もっと好きになりました。骨を気にせず魚のカルシウムも摂ることができるので、小さいお子さまにも食べてもらいたい一品ですね!

小林祐梨子さんにとって、
ごはんとは?

一言で表すなら「豊か」です。ごはんは、心もカラダも豊かにしてくれる。わたしは、ちょっとせっかちな性格なのですが、ごはんを食べると何だか落ち着きます。夫の地元では、毎年、豊作を祈るお祭りがあるのですが、そういった地域の豊かさの象徴でもあると思います。

プロフィール

小林 祐梨子 (こばやし ゆりこ)

1988年生まれ、兵庫県出身。
中学の陸上部から本格的に競技人生をスタートし、高校3年時、
陸上女子1500mで日本新記録を樹立。その後、豊田自動織機の
女子陸上部へ入部。2008年には、北京オリンピック女子5000mに
日本代表として出場を果たす。2015年に現役を引退し、
現在は、育児と並行しながら、スポーツコメンテーターや
駅伝中継の解説者として活躍するほか、各地のマラソン大会へゲスト
ランナーとして出場するなどして陸上競技を広める活動をしている。